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基礎生物学研究所・発生生物学研究系に属する生殖研究部門では、教官4名(教授、吉国通庸助教授、小林 亨、大久保範聡助手)と小林弘子技官、さらにポストドック、大学院生、研究員、研究補助員を合わせ総勢30人程が、魚類を主な実験材料として生殖機構の研究に取り組んでいる。大学とは異なり、学生(総合研究大学院大学・分子生物機構論・博士課程)数は少ないが(3〜5名程度)、10名を超えるポストドック(外国人数名)が滞在して国際色きわめて豊かである。研究室は地階にあるが、大きな水棲動物室に隣接しており、研究の合間での魚たちとの語らいは良い気分転換となる。 生殖腺の2つの主要な働きは、いうまでもなく卵や精子をつくること、そして性ホルモンを生産、分泌することである。生殖研究部門では、多様な生殖様式を示す魚類を対象として、性決定、生殖腺の性分化、生殖細胞形成の仕組みを性ホルモンに焦点をあてながら明らかにしようとしている。
1.性決定と生殖腺の性分化機構に関する研究
1990年にヒトの性決定遺伝子SRYが発見されたが、SRY/Sryを軸とする性分化の遺伝子カスケードは依然として明確ではない。一方、哺乳類以外の脊椎動物についてはSryのホモログ遺伝子は未だ見つかっていない。われわれは性ホルモンが性分化過程の調節に特に深く関わる魚類を材料として、哺乳類の研究とは異なる切り口で性決定・分化の研究を進めている。
1)性決定遺伝子の研究
ヒトと同じXX/XYの遺伝的性決定システムを示すメダカは、遺伝学的研究を行ううえでいくつかの優れた特徴を有する。われわれは最近、松田 勝・さきがけ研究員が中心となり新潟大学の酒泉 満、濱口 哲両教授と共同で、ポジショナルクローニング、染色体歩行、ショットガンシーケンス、Loss
of function(野生のDMY突然変異体)、Gain of function(XX個体へのDMYの遺伝子導入、未発表)などにより脊椎動物で2番目となるメダカの性決定遺伝子を同定した。この遺伝子によってコードされるタンパク質は、広く脊椎動物と無脊椎動物の性発達に関るDNA結合配列(DMドメイン)をもつことから、DMY(DM-related
gene on the Y-chromo-some)と名付けた(Matsuda et al., 2002, Nature 417,
559-563)。DMY(遺伝子、タンパク質ともに)は孵化前のXY胚生殖腺の体細胞(セルトリ細胞)で強く発現する。今後、DMYの下流と上流に発現する遺伝子を探索することよりメダカにおける精巣分化の遺伝子カスケードを明らかにしたいと考えている。
2)生殖腺の性分化機構の研究
生殖腺の性分化を研究するうえでの魚類の特徴として、性ホルモンが重要な役割を果たすことが挙げられる。われわれが研究対象としているティラピアでも、性ホルモン処理によりXXオス、XYメス、YY超オスが得られるので、これを利用して遺伝的全オス、全メス群を作出することができる。小林助手らの研究から、遺伝的メスでの卵巣分化にはエストロゲンが、また遺伝的オスでの精巣分化にはアンドロゲンではなく、DMRT1が重要な働きをすることが明らかとなった。今後、これら性分化制御因子の作用メカニズムを明らかにするとともに、性決定遺伝子との関連についても研究を進めている。
3)性転換機構の研究
サンゴ礁に生息する性転換魚の生殖腺の性転換、さらには性行動の転換(性行動の転換は生殖腺の性転換よりずっと早く起こり、分単位でも起こる)は、視覚→脳を介して起こると考えられる。近年における分子生物学の目覚ましい発展により、魚類に特徴的に見られるこのような不思議な性現象が遺伝子レベルで解析することが可能となってきた。われわれは、これらの魚の性転換時に起こる内分泌機構の詳しい解析を行っているが、将来的には性転換時における脳の働きについても解析したいと考えている。その目的に沿って、大久保助手がメダカを研究対象として脳と生殖、特に脳の性分化や性行動との関連についての研究を開始したところである。
2.配偶子の形成機構に関する研究
われわれはこれまでに、魚類の配偶子形成の過程をin vitroで再現できる細胞・器官培養系を駆使して、魚類の精子形成誘起ホルモン(11-ケトテストステロン、11-KT)、卵形成誘起ホルモン(エストラジオール-17β)、卵・精子成熟誘起ホルモン(17α,
20β-ジヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン、DHP)を同定した。現在、主に精子形成と卵成熟の制御機構に関する2つの研究プロジェクトが進行している。
1)精子形成の開始機構に関する研究
A型の精原細胞と不活性な体細胞からなるウナギの精巣を取り出し、無血清培地の中でサケの生殖腺刺激ホルモンやHCGなどとともに器官培養すると、精原細胞は精子形成を開始して約3週間で精子となる。われわれはこの器官培養で起こることを詳しく解析することにより、ウナギの精子形成が、生殖腺刺激ホルモン(脳下垂体)→11-KT(ライディッヒ細胞)→アクチビンB(セルトリ細胞)→CDK/サイクリン複合体(精原細胞)からなる分子カスケードで起こることをつきとめた。引き続き、生殖細胞における体細胞分裂から減数分裂への切替えの分子メカニズムを中心に研究を進めている。
2)卵成熟の制御機構に関する研究
脳下垂体からのLHサージが脊椎動物における卵成熟の共通的引き金である。しかし、LHのターゲットについては哺乳類等では未だ明らかではなく、魚類をモデルとした研究がもっとも先端的であるといえる。われわれはサケ科魚類などでDHPが卵成熟誘起ホルモンとして働くことを発見し、魚類の卵成熟がLH(脳下垂体)→DHP(卵濾胞組織、莢膜細胞と顆粒膜細胞との2細胞型モデル)→卵成熟促進因子(MPF)の3つの因子によるカスケードにより起こることを見つけた。この数年、われわれがもっとも注目してきたのは、DHP(ステロイド)による卵細胞膜を介したノンゲノミック作用であり、吉国助教授が一貫してこの新規ステロイド膜受容体の化学的実体の解明にあたってきた。最近、米国のPeter
Thomas教授らがこのプロジェスチン膜受容体の実体を明らかにしたが、われわれも彼らとの共同研究によりDHPの膜受容体と考えられる7回膜貫通ドメインをもつ膜受容体をメダカやティラピアの卵からクローニングした。引き続き、この新規ステロイド膜受容体の構造と機能、特にMPFの活性化に至る卵内情報伝達メカニズムについて、遺伝子とタンパク質(プロテオミックス)のレベルから調べている。
3.今後の研究
研究室の創設以来(初代教授は故金谷晴夫基礎生物学研究所長)の中心的研究課題である卵成熟機構に関する研究については、卵成熟誘起ホルモンのステロイド膜受容体の解析を重点的に推進することになる。また、共通性と多様性の観点から、ヒトデ(棘皮動物)の卵成熟機構についても、帝京大学理工学部・三田雅敏助教授との共同研究を継続する。性決定/分化に関しては、DMYの作用メカニズム、特にDMRT1との関連、さらにはDMRT1による精巣形成、エストロゲンによる卵巣形成のメカニズム、脳の性分化機構等について分子生物学的、発生工学的研究手法を駆使して明らかにしたい。また、このような魚類の生殖内分泌についての基礎的知見を、内分泌かく乱物質の影響と作用メカニズムの研究等にも役立たせたいと考えている。
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